Le monde d'Aquira
「酷似」
コップの水に墨をすこしずつ流し入れると
墨滴はゆらゆらとクラゲのように舞いながら
水底に漆黒の澱を積もらせてゆく
病とは、そのようにして
人を完全な死へと染めあげる
父は病院からの帰りみち
僕に向かってそうつぶやいた
それから間もなくだった
墨をすることが父の日課になったのは
病身に鞭を打ちながらきりりと端座し
すこし難しい顔をして
黙々と、ただ黙々と墨をすった
ときおり半切に線を引き
しばらくその薄墨の筆致を眺めると
また硯に向かいなおった
(ちょうどよい濃さにならないと上手い字は書けない・・・)
墨をすることで父は
癌に冒されていく身体に
ゆっくりと死を馴染ませていたのかも知れない
いちばん良い死に時を受け入れるために
けっきょく父は
一文字の揮毫も記さずに死んでいった
ボロボロになった硯を唯一の形見にして
生と死は誰の身にも過不足なく分け与えられ
ひとつの生命を完成させる
クラゲも死ななければ
世界の海はゼラチン質で埋まってしまうだろう
だから僕もいつの日か父のように
すこし難しい顔をしながら墨をすりだす
その時になってはじめて
父が最後にどんな言葉を伝えたかったのかを知るのだ
こうしている間にも
死は僕の身体のなかを漂いながら
コップの水が真っ黒に染まるのを待っている
そして、歳を重ねるごとに父の風貌に酷似していくのを
(ちょうどよい濃さにならないと・・・)
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